東洋医学のはじまり|漢方用語

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東洋医学のはじまり

東洋医学のはじまりについてご紹介します。 漢方用語は難解のことばが多いので、できるだけわかりやすく解説をしています。内容は、東洋医学概論(医道の日本社)、読体術~体質判別・養生編(農村漁村文化協会)を参考にしています。

東洋医学のはじまり


医学書の「黄帝内経素問(こうていだいけいそもん)」では、あらゆる生命活動が「気」の影響を受けるとみています。このような「気」の思想は、紀元前5世紀ごろから、老子や荘子によって、天地である自然と人が密接に関連しているという「天人合一思想」として広まりました。

東洋医学のはじまりは、中国です。その中国における原始時代の「医術」は、どのようなものだったのでしょうか。理論的だったのか本能的であったのか。他の文化圏と同様、本能的に始まったと言われています。

傷ができたら傷口を嘗めます。角に肘をぶつけたら、痛いところをさすります。あ~痛い痛いと。肉料理ばかり食べていると、苦い葉ものを欲しくなります。薬のように。「痛いところをさする、なでる」という行為が、現代のあん摩やマッサージといった医療行為に発展し、「薬になる食物をたべる」という行為が、やがて湯液療法(漢方薬)に発展しました。

なお、中国が他の文化圏と異なっていたところは、痛むところに、石を用いて治療をしたことです。このことが、「気の思想」を背景として、人間の体の中を気が通る線である経絡(けいらく)を発見することになります。経絡治療は、東洋医学の基本です。

戦国末期に書かれた「呂氏春秋」では、こんなくだりがあります。流水は腐らず、戸枢(くるるで動く戸)は虫食いさず、動けばなり、形気も亦、然り。形動かなければ精流れず、精流れざれば気鬱す。

病気の原因を、気の滞りにあると言っています。

その後、部族社会が形作られると、シャーマン(宗教的職能者)などの呪術師による呪文を唱える医療が行われるようになりました。甲骨文字にこのことが記されています。巫(ふ)と呼ばれていました。呪術治療は、祭祀や祈祷、祝言などによって、病気の原因を取り除くというものです。ちなみに、「医」の旧字には、巫の文字が付いていることから、そのことをうかがい知ることができます。

東洋医学の発展


紀元前221年に秦が中国を統一する以前、春秋戦国時代の頃です。当時は、産業が盛んになり、それと相まって社会、政治、文化なども進展しました。このような中、東洋医学の最古の医学書「黄帝内経(こうていだいけい)」の原型が生まれたのです。

「黄帝内経」は、鍼灸や湯液や導引、気功などに共通する理論を体系化し、東洋医学の基礎を築きました。ちなみに、黄帝内経は、後に「素問」と「霊枢」に整理されます。医学の理論だけでなく、陰陽、五行、気、天・人など哲学的な要素も多分に論じられているのです。

例えば、人体の骨格、血管の長さ、臓器の大きさなどの記述があります。これは、現代医学(西洋医学)の数値とほとんど一致しています。そして、体の中の「気」の通る道「経絡(けいらく)」を定めました。

実は、黄帝内経はとても難解でした。そこで、鍼による臨床実践を行うための手引き書「難経(なんぎょう)」がつくられました。この難経は、我が国では、素問、霊枢と並んで、三大古典とされています。また、湯液(煎じ薬)の理論は、多くの臨床体験を行い「傷寒雑病論(しょうかんざつびょうろん)」にまとめられました。エビデンス(証拠)も、既にあったのです。

その後も、歴代の医療家の皆さんは、これらの医学書を基に、様々な角度で、鍼灸や湯液の医学理論を、今日までに形作りました。



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